忍者ブログ

VN.

HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

蜂蜜。

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

蜂蜜。





 フォートディベルエの首都、
シュテルーブルに星の数ほどある個人ギルドの一つ、
ZempことZekeZeroHampは騒がしい。
今日も公式冒険者として、
魔物討伐の仕事を済ませた二人組が、
ばたばたと乱雑に帰ってきた。

「ただいまユーリさん、お腹減った!!」
帰ってきて早々、大声で空腹を訴えるユッシに、
後ろから幼なじみのノエルが呆れ顔で言う。
「きいたんか、お前は。」
ギルドに居候している小さい幼児と同レベルの発言に、
肩を落としたのは彼だけでなく、
先に戻っていたメンバーも同様で、
ジョーカーが冷たく対応する。
「全くもう、ユッシンと来たら。
 何の準備もなく、おやつが飛んでくる分けないでしょ。
 欲しかったら、自分で買ってきなよ。」

自分を棚上げでメンバーの不備を指摘して、
強烈なしっぺ返しを食らうのはジョーカーの得意技だが、
今日は何処となく様子が違う。
不必要に不機嫌そうなのを不思議に思いながら、
ユッシは部屋を見渡した。
「あれ? ユーリさんは?」
「ユーリさんは今日、
 学会で居ないって言われたじゃないですか。」
疑問にはすぐ、後輩のポールが答えてくれた。
はて、そうだったけかと顎を撫でつつ、
ユッシはもう一人の食料管理人を探す。
「じゃあ、クーさんは?」
「クレイさんは買い物に行きました。」
そのうち戻ってくるだろうとのポールの見解に不満はないが、
眉尻を下げてユッシは自身の腹をさすった。
「なんだよ、じゃあ、このペコペコのお腹は、
 どうしろと言うんだよ。」
「そんなの、どうとでもすればいいじゃない!
 大人でしょ! 
 なんでもユーリさんとクレイさんに甘えすぎだよ!」
どの口が言うかと言わざるを得ない発言を繰り返す、
ジョーカーの機嫌が悪い理由をユッシは理解した。
「なんだよ、ユーリさんたちがいないからって、
 うちに当たるなよ。」
自他共に認める女好きにとって、
当ギルド自慢の美女の不在は、
不愉快極まりなく、不機嫌になって当然らしい。
「ボクは周りに可愛い女の子どころか、
 むさい男連中ばかりしか居ないと具合が悪くなるの!」
ぷんすかと子供っぽい態度で、
くだらない怒りと主張を振りかざすジョーカーを、
ユッシは鼻先で笑った。
「気持ちは分かるけど、うぜえ。」
「いや、気持ちが分かるのもどうかな。」
即座に幼なじみの無駄な理解力をノエルが否定し、
ポールが口をとがらせる。

「なんにしろ、クレイさんが居たって、
 甘えっぱなしは怒られますよ。
 おやつぐらい、自分で用意してください。」
優しいユーリと違って、紅玲は立派な成人男性の世話を、
あれこれ焼く必要性を感じていない。
不要な手間をかけさせて、
彼女を怒らせるなど不毛にすぎると後輩にも文句を言われ、
ユッシは肩を竦めて了承を示した。
「わかってるよ。」
「おやつ棚を漁れば、なんかでてくるだろ。」
空腹はノエルも同じ。
ここで言い争うだけ時間の無駄で、
さっさと手を洗って食料を探そうとした二人を余所に、
微妙な雰囲気が部屋に流れた。

「なに? なんかあった?」
問題が多いギルドだけに察するものがあって、
ノエルが問えばポールがジョーカーを睨みながら答えた。
「今、おやつ棚、空っぽなんですよ。
 ジョカさんが全部、食べちゃったから。」
その為、紅玲が買い出しに出かけたのだ。
「なんだよ、もー」
「また、ジョカさんか。」
大げさなほどユッシに嫌な顔をされ、
ノエルにも定番の文句を言われ、
それでもジョーカーは態度を改めることなく、
憤然と自己の正当性を主張した。
「ボクが悪いんじゃないよ!
 ユーリさんがいないのが悪いんだよ!」
ストレスを、食欲でごまかして何が悪い。
胸を張って言い切るその様は、
ここまで来ると見事としか言いようがないが、
それで収まるユッシでもない。
売り言葉に買い言葉で怒鳴り返す。
「ふざけんな!
 ユーリさんがいなくて辛いのはうちのが上だ!」
「いや、それ、競うとこかな。」
「それにユッシさん、結婚してましたよね?」
淡々と、ノエルとポールが突っ込むが、
それに構わず勢いのまま、ユッシは机をバシバシたたいた。
「ともかく、今すぐなんか食わせろ!
 できれば甘いもの! 疲れてるの、うちは!
 魔法使いまくって、魔力も切れかけてるの!」
いくつかの得意分野に分かれる公式冒険者の中でも、
ユッシは回復と防御を主とした白魔法を駆使する魔導士であるため、
職務上、メンバーの命を預かるという、
戦う以上の重責を負わねばならない。
漸く、そのストレスから解放されたと思ったら、
今度は空腹に堪えろなど、
理不尽に過ぎるとの気持ちは分からなくはないが、
いい大人として、無い物ねだりも如何なものか。

尤も、彼やジョーカーに係わらず、
当ギルドのメンツ殆どが如何なものかな性格であり、
正論を述べたところで何も変わらない事を、
痛いほど理解しているノエルは、
言葉による幼馴染の説得を早々に諦めて、
物理的な対策を探し始めた。
「おやつが何もないって言ってもさ、せめてパンとか、
 食べるものは流石にあるでしょ、何か。」
「昨日の丸パンなら、残ってるんじゃないでしょうか?」
ポールも一緒になって手伝い、パントリーを漁ると、
確かに少し硬くなったパンが手に入った。
「これで我慢しろよ。」
「いやだ! パンなんか甘くもなんともない!」
「ジャムでも塗ればいいだろー 
 まったく、子供かよ。」
折角の代案を払いのけるユッシの所業に逐一怒っていたら、
幼馴染としてやっていけない。
オーブンにパンを放り込み、今度は冷蔵庫を見てみたノエルだが、
改めて肩を落とすことになった。
「なんだよ、ジャムも何もないじゃん。」
「それもジョカさんが食べちゃいましたよ。」
半ば独り言だったぼやきにポールが答え、
ジョーカーが大袈裟に怒る。
「なんで全部ボクが悪いことになるのさ!」
「いや、この時点でジョカさん以外の誰が悪いっていうのさ。」
呆れることしかできない不服にノエルは眉尻を下げ、
彼方を見やった。
「えっと、他になんか、なかったかな?」
考えてみるが、仕事帰りで疲れているのは彼だって同じ。
疲労と空腹で朦朧とするノエルを助けたのは、
まさかのユッシだった。

「そういえば、薬棚に蜂蜜があったよな。」
思いついた弾みで気分が変わったのか、
怒りに任せた先ほどまでの態度はどこへやら、
「そんなのあったっけ?」とのジョーカーの疑問を無視し、
白魔導士はサクサクと薬の入った戸棚を漁った。
「あった、あった。」
ユッシが取り出した小瓶には、
美しい白金色に輝く液体が確かに詰まっていた。
「そんなの、あったっけ?」
「なんで薬棚にしまってあるんですかね?」
ジョーカーと同じ疑問をノエルが口にし、
ポールも不思議そうに首をかしげた。
「そんなの、うちだって知らないけど、
 こないだ、入ってるなーと思ったんだよね。」
言いながら、ユッシが片手で掲げた小瓶には、
ラベルも何もなく、代わりに一枚の紙が貼りつけてあった。
『緊急用、食うな。』
あまりにシンプルな注意書きに、それぞれ顔を見合わせる。

「この字は、アツシさんですよね?」
「なんで蜂蜜、薬棚にしまってるんだよアッちゃんは。」
「しまう場所、間違えたんでしょ。
 不器用にもほどがあるね。」
「いや、流石にそれは間違えないんじゃないの。」
ギルド所属の拳闘士の文字に、暫く彼らはそのまま立ちすくんだ。
とはいっても、そんなもの長続きするはずがない。
一呼吸おいて、ユッシが迷うことなく小瓶を開ける。
「おい、食うなって書いてあるじゃん!」
「緊急用とも書いてあるだろ。今が緊急だ。」
ノエルの制止を無視して、白魔導士はそのまま台所に向かい、
スプーンを取り出すと、中身を焼けたパンに塗りつけた。
「あーあ、怒られるよ。」
肩を落としたジョーカーの隣で、
まだ納得がいかない様子のポールが呟く。
「なんで何時もの場所じゃなく、
 薬棚にしまったんですかね、アツシさんは?」
「そんなの、誰かに食べられないようにじゃないの?
 うちのギルドは皆、食い意地が張ってるからね。」
ジョーカーは事もなげに肩をすくめたが、
ノエルも多少ならず引っかかるようで、腕を組んで唸った。
「そうかな? 
 アツシ君はあんまり物に執着するタイプじゃないけどな?」
むしろ、件の拳闘士は執着しなさ過ぎて、怒られる口である。
伽藍洞に近い彼の部屋を思い浮かべながら、
考え込んだノエルの意識を、ユッシの大声が吹き飛ばした。
「なにこれ!? 超美味ぇ!!」
思わずびっくりして飛び上がり、
振り返った先では、ユッシが一番驚いた顔をしていた。

「たかが蜂蜜と思って油断した! 
 無茶苦茶美味しいぞ、これ!!」
「え、そうなの?」
「マジで、マジで?」
わらわらと駆け寄って、パンの欠片を差し出されれば、
受け取らずにいられるほど、
自制心も警戒心も彼らは持ち合わせていなかった。
其々口に放り込んで、同じように驚愕の声を上げる。
「本当だ! すっごい美味しい!」
「甘いのにくどくないというか、凄くさっぱりしてるね!」
「上品な甘さっていうんだよ、こういうのは!」
「な、な、美味いだろ!?」
ぎゃあぎゃあ騒いでパンの残りを奪い合う。

「いや、これ、食べちゃダメだろ、アツシ君のだし!」
ノエルが理性を取り戻した時には、
既に小瓶の中身は半分以上減っていた。
「やっべえ、食べ過ぎたかも。」
ぼそりとジョーカーが一応の反省を口にし、
今更ながらポールがおろおろする。
「アツシさん、怒りますよね?」
「いや、大丈夫じゃないの、ちゃんと謝れば。」
気まずそうにユッシが肩をすくめ、
ノエルも眉間に皺を寄せつつも、同じ様な意見を述べる。
「アツシ君は、そういうの根に持つタイプじゃないしね。
 まずはちゃんと謝ろう。」
それでも怒られるようなら、弁償するなりなんなり、
相手の気が済むように協力し合おう。

若干楽観的な見通しに落ち着いて、
其々、溜息と共に肩を落とした。
「でもさあ、こんな美味しいもの、食べずにいられるわけがないよ。」
「だから、薬棚に隠してあったんじゃないの?」
罪悪感を誤魔化すようにジョーカーが頬を膨らませ、
ユッシが肩をすくめる。
「本当に美味かったしなあ。
 ラベル張ってないけど、どこで売ってるのかな?」
改めて瓶を眺めるノエルの横から、ポールが思い付きを口にする。
「もしかしたら、ミミットでとれた奴なんじゃないですか?」
敦は元々白魔法学園兼孤児院で形成されたミミット村の所属である。
ミミットは大森林フロティア南東部の自然豊かな場所にあり、
蜂蜜ぐらい、取れてもおかしくない。
「あー それでラベル張ってないのか。」
「それじゃあ、外に流通してないかもね。」
「いいなあ。うちにも売ってくれないかな?」
皆、ポールの見解に納得したところで、
玄関に取り付けられた鈴がチリリンとなった。

「ただいまー」
聞きなれた姉御分、紅玲の声に、ポールがいそいそと玄関に向かう。
「クレイさん、お帰りなさい。」
「ただいま。ポール君、これ、持ってくれる?」
出迎えた後輩に荷物の片方を渡し、
部屋に戻った紅玲は、台所に固まっている面々を見て眉を潜めた。
「何してんの、そんなところで。」
「蜂蜜パン、食べてた。」
「もっと何か食べたい。」
現状報告のみのジョーカーと、自分の要望だけのユッシに、
紅玲は口端を歪め、呆れたように言った。
「菓子パンとか買ってきたから、食べればいいでしょ。
 ったく、椅子に座るぐらいしなさいよ。」
立ったまま、物を食べ歩くなと、
怒る紅玲の視線が小瓶に留まり、眉間の皺が深くなる。

「…何、それ。そんなの、うちにあったっけ?」
「うん。アツシ君のらしいよ。」
「あー… そうなんだ。」
ノエルの言葉を受けて、少し安心した様子の紅玲に、
ユッシが不審を顔に出す。
「なに? なんかあった?」
「いや、別に。
 ただ、以前見た、オークの商品に似てるなと思っただけ。」
今では冒険者稼業もほとんど引退気味で、
ギルドの家政婦のような仕事をしている紅玲だが、
数年前は他ギルドに所属して、
大きなイベントのメインキャスターをやっていた。
月一回開催されるお祭りのメインに、
オークションがあり、商人から冒険者まで、
門徒を問わずに受け付けるので、
時々、とんでもない高級品や希少品が持ち込まれる。
その中に、アツシの蜂蜜によく似た商品があったらしい。
「え、じゃあ、高いやつなんですか、これ?」
「いや、同じのがこんなところにあるわけない、
 あっちゃんが持ってるはずないから。」
高級品であってもおかしくない味の良さを思い、
途端に不安になったポールの怯えを、
紅玲は自身の勘違いと合わせて一笑に付した。
「前に見たのも、偶然に偶然が重なって入手できたっていう、
 奇跡の賜物ってやつだったからね。」
「ふーん、で、何に似てたの?」
自分に禍を呼び込まなければなんでもいい。
そんな下地が透けて見えるジョーカーがした、
形ばかりの質問への回答は、確かにレア中のレアな代物だった。

「ユグドラシルの蜂蜜。」
「は? なんだよ、それ!?」
神代より聳え立ち、世界を支えるという世界樹の名前に、
ユッシが飛び上がり、ノエルも目を丸くする。
「ユグドラシルって神域、イアルーンヴィズにあるんでしょ?
 人間には入れないのに、そんなのオークションに持ち込まれるの?」
「だから、偶然に偶然が重なったって言ったじゃん。」
紅玲の説明によると、
偶々、何時もの狩場から外れてしまった冒険者が、
同じく偶然縄張りから外れ、窮地に陥った妖精族と出会い、
それを助けたお礼に貰ったものだったそうだ。
「挙句その人、豪気なことに、
 縁起物だから抱え込んでも仕方ないって、半分は病院にあげて、
 もう半分の売り上げを孤児院に寄付するって言い出してさー
 イベントとしても盛り上がるし、値段も跳ね上がるし、凄かったよ。」
紅玲は当時を思い出して目を細め、その他はただただ、溜息をついた。
「はー 偉い人がいるもんだね。
 でも、なんで病院?」
同じ様な幸運に恵まれても、自分にはきっと真似できない。
自らの凡庸さに肩を落としたノエルを、
あんな聖人、そうそういてたまるかと、
紅玲は鼻先で笑い、肩をすくめた。
「ただ、普通においしいだけじゃなく、
 万能薬とも言えるほど、物凄く滋養があるんだって。
 切れた腕が生えるとは流石にいかないけど、
 大半のけがや病気が治るそうだね。
 体力や魔力も、一舐めするだけで一瞬で回復するらしいよ。」
「…それで、幾らぐらいになったの?」
聞きながら、背中に冷たいものが流れ始めたのを感じつつ、
尋ねたノエルに、紅玲は首をかしげた。
「オークションだから正規の値段じゃないし、
 ご祝儀価格があったとは言え、
 安い馬車が買える程度だったかなあ? 
 量も少なかったしね。
 でも、その瓶一杯あれば、それこそ値段が付けられないぐらい、
 高額で取引されると思うよ。
 お金持ってる人たち、貴族や上級冒険者がこぞって欲しがる反面、
 一般に流通するものじゃないからね。
 珍しいの一言で済まないレアな逸品だよ。」
したがって、敦が持っているはずがない。
そんな結論を述べた紅玲だが、何かに引っかかったように、
再び首を傾げた。

「ん? でも、珍しいと言えば、あっちゃんが変わったものを、
 お使いのお駄賃として師匠に貰ったって言ってたような…?」
かく言う紅玲の師匠は人間は愚か、
魔族や妖精族にも名高い魔術師であるが、
弟子はそのまま首を横に振った。
「まあ、確かにうちの師匠は世界を制するだけあって、
 変なもの沢山持ってるしな。
 それこそ、古代の漫画とか、猫の足の裏スタンプとか、
 何処で入手したんだか分かんないものを。」
常識的とはけして言えない師匠であるが、流石にそんな高級品、
お使いのお駄賃程度で出てくるわけがない。
下手に実力派の師匠を持つと苦労するなぞと嘯いて、
笑いながら洗面所に手を洗いに行った紅玲を眺め、
居間に残されたもの達は、顔を見合わせた。

「あのさあ、さっきっから、ボク、
 もの凄く調子良くなってきたんだけど?」
「奇遇ですね、オレもです。」
「俺も何時の間にか、全く仕事疲れを感じない。」
「うちは現在進行形で魔力が回復していくのを感じる。」
どんどん元気が湧いてくるが、
同時進行でガンガン不安も湧き出してきた。
お金持ちがこぞって欲しがるものを弁償せねばならないとしたら、
一体幾ら、必要なのだろうか。

これ、やばいんじゃない?

「いや、置いとかないでしょ。
 いくらアッちゃんでも、そんな高級品、
 無造作に薬棚に置いておかないでしょ!」
脂汗をだらだらと流しながら、ジョーカーが首を横に振り、
ユッシも空笑いする。
「だよな! ないって! 
 いくら、アッちゃんが物に頓着しないって言っても、それはないって!」
だがしかし、本当にそう、言い切れるだろうか。
「取りあえず、まずは謝ろう。 それしかないよ!」
半ばやけっぱちノエルの宣言に、彼らは深く首肯した。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
津路志士朗
性別:
非公開

忍者カウンター